宇野千代とは?朝ドラ「ブラッサム」のモデルは98歳まで書き続けた『おはん』の作家

本記事はプロモーションを含みます。

朝ドラ「ブラッサム」のモデルになった、
宇野千代さんが気になりますよね。

「宇野千代って、どんな作家なの?」
「代表作は何?」
と思っている方も、きっと多いと思います。

結論から言うと、
宇野千代さんは山口県岩国市出身で、98歳まで書き続けた作家です。
代表作には『色ざんげ』『おはん』『生きて行く私』があります。

この記事では、宇野千代さんの経歴と代表作を、
公式の情報をもとに整理してお伝えします。

目次

この記事で分かること

  • 宇野千代さんの生い立ちと、作家になるまでの流れ
  • 『色ざんげ』『おはん』『生きて行く私』などの代表作
  • 雑誌『スタイル』を創刊した実業家としての顔
  • 晩年と亡くなった年齢
  • 朝ドラ「ブラッサム」との関係

宇野千代とは?98歳まで書き続けた岩国出身の作家

宇野千代さんは、1897年(明治30年)11月28日に生まれました。
生まれたのは、山口県玖珂郡横山村です。
現在の山口県岩国市川西にあたります。

1996年6月10日に、98歳で亡くなるまで、
明治・大正・昭和・平成の4つの時代を生きた作家です。

朝ドラ「ブラッサム」は、
この宇野千代さんをモデルにした物語です。
主人公の葉野珠(はの・たま)も、山口県の岩国に生まれる設定になっています。

幼いころの宇野千代|岩国の生い立ち

山口県の公式観光サイトによると、家族構成は次のとおりです。

  • 生母のトモさんは、千代さんが2歳になるまでに肺結核で亡くなった
  • 父は俊次さん
  • 継母はリュウさん
  • 異母弟が4人、異母妹が1人いた

継母のリュウさんは、
千代さんに実の子と分け隔てなく愛情を注いだと伝えられています。
千代さんも、異母弟妹の世話をよくして、
「小さなお母さん」のような役割を担っていました。

学校の記録は、次のとおりです。

  • 1904年に岩国尋常小学校に入学
  • 全甲の成績で、1910年に卒業
  • 1914年、岩国高等女学校を17歳で卒業し、小学校の代用教員になった

故郷の岩国で過ごしたこの時期が、
宇野千代さんの原点になっています。

作家デビューまで|上京して懸賞小説で一等に

千代さんは、1917年、20歳のときに東京へ移り住みました。
東京では、レストランで18日間だけウエイトレスとして働いた経験があります。
この経験が、のちに作家となるきっかけの1つになったと紹介されています。

転機になったのは、小説『脂粉の顔』です。
時事新報の懸賞小説で一等に入選し、
作家としての道が開けました。

宇野千代さんの公式ホームページでは、
この『脂粉の顔』を、デビュー作として紹介しています。

その後、雑誌『中央公論』に『墓を発く』が掲載され、
366円の原稿料を得たといいます。

宇野千代の代表作|『色ざんげ』『おはん』『生きて行く私』

宇野千代さんの代表作は、次の3つがよく挙げられます。

  • 『色ざんげ』(1933年に連載が始まった)
  • 『おはん』(1957年)
  • 『生きて行く私』(1982年)

『おはん』は、1957年に野間文芸賞を受賞しました。
翌年の1958年には、女流文学者賞も受賞しています。

『生きて行く私』は、
ベストセラーになったことで知られる作品です。
山口県の公式観光サイトでは、
100万部を超えるベストセラーになったと紹介されています。

3作は、発表された時代がそれぞれ違います。
1933年から1982年まで、約50年にわたって
代表作を世に送り出したことになります。

雑誌『スタイル』を創刊した実業家でもあった

宇野千代さんは、作家だけの人ではありませんでした。
1936年6月に、女性向けのファッション雑誌『スタイル』を創刊しています。

  • 1936年:『スタイル』を創刊
  • 戦後の1946年:復刊
  • 1957年:会社更生法の適用を受ける
  • その後:手形が不渡りとなり、完全に倒産

新しい女性像や美意識を社会に示した雑誌として知られています。
出版社を自分で立ち上げたという点でも、
当時としては珍しい挑戦でした。

受賞歴と晩年

宇野千代さんの主な受賞歴は、公式サイトによると次のとおりです。

  • 野間文芸賞(1957年)
  • 女流文学者賞(1958年)
  • 日本芸術院賞(1972年)
  • 菊池寛賞(1982年)
  • 文化功労者(1990年)

1990年には、岩国市の名誉市民にもなっています。
1995年には、『私何だか死なないような気がするんですよ』を出版しました。

1996年6月10日、98歳で逝去しました。
死因は急性肺炎と伝えられています。

朝ドラ「ブラッサム」との関係は?

「ブラッサム」は、NHKの連続テレビ小説(朝ドラ)です。
2026年度後期の作品で、9月28日から放送が始まります。

主人公の葉野珠(はの・たま)は、
宇野千代さんをモデルにしたヒロインです。
石橋静河さんが演じます。

  • 山口・岩国に、葉野家の長女として生まれる
  • 幼いころから本を読むのが大好き
  • 激動の時代の中で、書くことを通じて作家を志す

ドラマの第1週は、明治41年の岩国が舞台です。
珠と、父、そして継母のリョウさんとの関係が描かれます。
この「血のつながらない母との関係」は、
宇野千代さん本人の生い立ちとも重なる部分です。

継母リョウ役は国仲涼子さんです。
幼いころの珠は、村上蘭さんが演じます。
村上さんは、オーディションで426人の中から選ばれました。

「ブラッサム」の主なキャスト

これまでに発表されている主なキャストは次のとおりです。

  • 葉野珠(成人期):石橋静河さん
  • 葉野珠(幼少期):村上蘭さん
  • 継母・葉野リョウ:国仲涼子さん
  • 幼なじみ・岩田梅:松本穂香さん
  • 店主・岩田幸三:八嶋智人さん
  • 晩年の珠:加賀まりこさん
  • 秘書役:松たか子さん

脚本は、櫻井剛さんと小松與志子さんです。
主題歌は、YOASOBIさんの「咲き誇れ」です。
語りは、NHK大阪放送局の三條雅幸アナウンサーが務めます。

石橋さんは、宇野千代さんの言葉に何度も救われたと語っています。
「壊れては立ち上がる」主人公に、自分を重ねているそうです。

よくある質問

Q. 宇野千代さんはいつ、どこで生まれたの?

1897年(明治30年)11月28日に、
山口県玖珂郡横山村(現在の岩国市川西)で生まれました。

Q. 宇野千代さんの代表作は?

『色ざんげ』『おはん』『生きて行く私』の3作がよく知られています。
『おはん』は、野間文芸賞を受賞しました。

Q. 宇野千代さんは何歳で亡くなったの?

1996年6月10日に、98歳で亡くなりました。
晩年まで著作を出し続けた作家として知られています。

Q. 宇野千代さんが生きた時代は?

明治30年から平成8年まで生きました。
明治・大正・昭和・平成の4つの時代にまたがっています。
朝ドラのあらすじでも、
「明治・大正・昭和を駆け抜けた」作家として紹介されています。

Q. 雑誌『スタイル』はいつ創刊されたの?

1936年6月に創刊されました。
戦後の1946年に復刊しましたが、
1957年に会社更生法の適用を受け、その後に倒産しました。

Q. 朝ドラ「ブラッサム」の主人公は実在の人物?

主人公の葉野珠は、宇野千代さんをモデルにしたヒロインです。
ドラマとして脚色されている部分があるため、
すべてが実話というわけではありません。

まとめ

宇野千代さんについて整理しました。

  • 1897年11月28日、山口県岩国市に生まれた
  • 上京後、『脂粉の顔』が懸賞小説で一等に入選した
  • 代表作は『色ざんげ』『おはん』『生きて行く私』
  • 1936年に女性向けのファッション雑誌『スタイル』を創刊
  • 1996年6月10日、98歳で亡くなった
  • 朝ドラ「ブラッサム」の主人公・葉野珠のモデル

ドラマを見る前に、
宇野千代さんの人生を知っておくと、
物語をより深く楽しめると思います。

ここからは、宇野千代さんの作品を読んでみたい方向けの案内です。

番組情報

朝ドラ「ブラッサム」は、9月28日(月)に放送が始まります。

  • NHK総合は、月曜から土曜の午前8時から8時15分
  • BSとBSプレミアム4Kは、平日の午前7時30分から7時45分

放送予定は変更になる場合があります。
最新の情報は、NHKの公式サイトで確認してください。

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